FIAT – PANDA 100HP


 

 初めて100HPに会ったのは、すっかり寒くなった2007年末頃だった。

 お恥ずかしい話だが、それまで100HPの存在は、ほとんど認識がなく、それゆえに、乗る前は、まったく期待をしていなかったというのが本当のところだった。

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 外は真っ暗で、表の道を曲がってきた100HPのボディを、街灯がうっすら映し出した。暗い中では、ノーマルのパンダと何が違うのか解からなかった。ただ、明らかに、マフラーから発せられている音は、アイドリング+αの回転時でも、ノーマルパンダとは明らかに違う音だ。

 100HPが、工場のシャッターの前に横付けされると、水銀灯に照らされて、ボディカラーが赤なのがわかった。「ルンバレッド」と呼ばれるソリッドの赤は、最近の流れか、本国ではメタリックペイントと同じように、+αの料金がかかる特別色。イタリア車の「赤」と言えば、経年劣化が激しいことで有名だが、少しは改善されているのだろう。

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 ノーマルのパンダよりも、数cmは低められた車高は、スポーツモデルだということを、見た者に知らしめるには充分な効果があり、フロントバンパーからフェンダー、リアバンパーまでをグルッとブラックアウトされた100HP専用のモールディングと、これも専用のフロントグリルが、このパンダが、ただのパンダではないことを主張している。

 残念ながら、ハンドルの位置は右ハンドルだったが、今までに乗った、どの右ハンドル車(イタリア車、フランス車全般)よりも違和感がない。ようやくフィアットも、上手に右ハンドルを作れるようになったのか?

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 運転席のドアを開ける。そこには、100HP専用のスポーツシートが、ドライバーを待ち構えていた。一番低いポジションでも、若干高めに感じるシートポジションに、上下の調整が出来るハンドルで、シートポジションを探る。何と、ステアリングにはレザーが奢られている。センターコンソールからニョッキリ生えているシフトレバーは、伸ばした左手が、自然に納まる絶妙な位置。イタリア車には珍しく、ストロークも短めで、ギアを頻繁に操作しても苦にならない。こんなイタリア車は初めてだ。

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 エンジンをかけると、低い排気音でアイドリングを始める。フライバイワイヤーのアクセルは、ノーマル時こそ、良い子を装っているが、「SPORT」モードのスイッチをONにしたとたん、本性を現してくる。この変化は、とても同じ車とは思えないほど。陳腐なたとえだが、まるで「ジギルとハイド」のようだ。

 走り出してすぐに感じたのは、ギアが低いこと。最近のヨーロッパ車は、燃費重視のためかハイギアード化され、小気味良い走りを楽しめなくなった。元々ヨーロッパの小さい車は、非力なエンジンをぶん回せるように、絶妙なギア比を与えられ、街乗りでも、各ギアでめいいっぱい引っ張って、非力なエンジンを使い切ることができたのだ。
100HPは、まさに、そんなギアを与えられていた!これは、非常に嬉しい誤算だ!

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 しかも、6速まであるのだが、通常の6速の場合、5速+オーバードライブの6速とか、途中のギアが離れていたりとか、けしてスポーツ走行を前提にした6速ではなかった。

でも、100HPは違う。1速から6速まで、高回転までひっぱってシフトチェンジを繰り返せば、トップエンドまで気持の良い加速を味わうことが出来る。気がつくと、シフトチェンジを繰り返している自分に気がつき、思わず一人で苦笑いしてしまった。

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 各方面で、あまり評判のよろしくない足廻りも、たしかに、ノーマルパンダで充分という人には、路面の段差を拾う初期の反応が、少々硬めに感じるだろうが、飛ばして走ると、その硬さが、安心感にも繋がる適度な硬さに感じた。個人的には、100HPを100HPらしく飛ばして走るなら、もっと硬くてもいいとさえ感じたくらいだ。

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 走ること、走らせることが楽しい車、まさしく、100HPはそんな車だった。

友達に女性を紹介してやると言われ、期待しないで会ってみたら、メチャメチャ好みだったときのようといったら、ちょっと不謹慎か?でも、100HPとの出会いは、まさしくそんな感じだったのだ。

 車両本体価格が200万円をちょっと越えたくらいで、装備も、必要にして充分。人気者の500ABARTHと比べるのは酷な気がするが、相手は100万円以上も高い、ちょっと特別なアイドルで、誰でもお近づきになれるわけではない「高嶺の花」、しかもほとんど2シーター。100HPは、全国区なアイドルではないけれど、コアなファンにはたまらない玄人好みの実力派。大人4人が快適に移動できるし、一人で走るときには、最高の相棒にもなってくれる!

 個人的には、毎日のようにテレビで見ることができるアイドルよりも、映画やドラマの中で、キラッと光る演技を見せてくれる実力派女優のほうが好みかな。

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 でも、残念なことに、日本では、今までにたかだか230台しか輸入されたに過ぎないのが事実。もしも彼方が100HPを無性に欲しくなってしまったら、見つけ次第、すぐに購入することをお勧めする。